障害児を普通学校へ全国連絡会会報 2020年12月390号巻頭文

インクルーシブ教育の原点を確認した意見書

東京都・会員 嶺井正也(元専修大学教員)

今回、訴訟弁護団のお一人、大谷恭子弁護士からご自身の書かれた「川崎就学訴訟判決の最大の過ちについて」(2020年5月11日付)で、高等裁判所での控訴審に出す意見書 「インクルーシブ教育とは何か」を書いてくれないか、というメールを受け取った。5月14日のことである。

大谷弁護士の要請とあれば断れるはずもなく、さっそくに「川崎就学訴訟判決の最大の誤ちについて」を読ませてもらった。大谷弁護士の思いと怒りあふれる文章を読み、 横浜地方裁判所の3月18日の判決がいかにお粗末なものかがよく分かった。実際に自分で同判決文を読んで意見書を書く気持ちが強くなった。

大谷弁護士からは「インクルーシブ教育とは何か」を書いてくれというものだったが、最終的に書き上げたものはインクルーシブ教育の原点を踏まえた同判決批判も書いてし まった。したがって、果たして意見書としてふさわしい内容であったかは自信がないが、タイトルは「川崎市就学訴訟・横浜地裁判決(2020年3月18日)の国際常識の無理解~横 浜地裁判決」とした。

まず取り上げたのは「インクルーシブ教育の原点としてのサラマンカ宣言」である。周知のように1994年6月にスペインのサラマンカ市でユネスコとスペイン政府が共同し て開催した「特別ニーズ教育世界会議」で採択されたこのサラマンカ宣言と同行動枠組みを引用して、インクルーシブ教育は通常の学校・学級(regular school/class)で行われ るものであり、各国の事情で特別学校・学級で障害のある子どもの教育が行われるとしても、それはインクルーシブ教育ではなく例外であることを示した。

続いて、2019年がサラマンカ宣言の25周年であることを踏まえた二つのトピックからインクルーシブ教育の原点を確認した。一つは「インクルーシブ教育国際ジャーナル」 が特集を組んでおり、その巻頭言でインクルーシブ教育、研究のリーダーであるメル・エインスコー(Mel Ainscow マンチェスター大学教授)らが書いたサラマンカ宣言は遺産で あり、そのもっとも主要なものとして次の文章を引用していることを紹介した。

「このインクルーシブ志向をもつ通常の学校こそ、差別的態度と闘い、すべての人を喜んで受け入れる地域社会をつくり上げ、インクルーシブ社会を築き上げ、万人のための教 育を達成する最も効果的な手段であり、さらにそれらは、大多数の子どもたちに効果的な教育を提供し、全教育システムの効率を高め、ついには費用対効果の高いものとする。」 (翻訳文は特別支援教育総合研究所訳)

二つ目はユネスコが2019年9月にコロンビアで開催した「教育におけるインクルージョンと公平に関する国際フォーラム」に関する最終報告書を出していることである。そ こでもサラマンカ宣言は世界遺産であると位置づけた上で、「分離学校だけが生徒のニーズにこたえるための唯一の道であるとの考えを拒否し、特別な教育ニーズをもつ子どもや 若者へ通常の学校の扉を開いた点にある。」と評価していることを示した。

その他に示したのはユニセフとEU特別ニーズ・インクルーシブ教育機構のそれぞれの定義であり、特別学校・学級はインクルーシブ教育には含まれないということを紹介した。

なお、この意見書を書く際に調べていた時に極めて重要な文書が見つかった。それは欧州評議会の人権コミッショナーが作成した「インクルーシブ教育を通じてヨーロッパの 学校分離と闘う」という文章である。この中で意見書に取り上げたのは「学校分離は障害のある子ども、ロマの子ども、移民の子どもに対する差別の最悪の形態の一つであり、か れらの人権を著しく侵害するものである。なぜなら学校分離は普通学校(schools)へのインクルージョンを失わせることでかれらの学習機会を孤立させ、侵すからである。」とい う部分である。

続いて、インクルーシブ教育とは何かを確認するものとして示したのは障害者権利条約の第24条及び第5条に関する一般的意見である。この点については弁護団による訴状で詳 しく示されるであろうから省略するが、特別学校がインクルーシブ教育には含まれないことを理由にあげて第24条の批准を留保している英国に対して示した同委員会の最終見解 (2017年8月)は、同委員会のインクルーシブ教育についての認識を確認する上で重要なので意見書で強調した。

同見解は「親の選択に基づいて障害のある児童を特別支援学校に分離する二重教育制度の持続、この分離された教育環境における障害のある児童の増加、現在の教育制度が質の 高いインクルーシブ教育の要件に応えるための設備が整っていないという事実、さらに学校機関が他の級友を混乱させるとみなされる障害のある児童を入学させることを拒否する という報告があること」を踏まえて、英国に対し、留保をとり下げるよう強く勧告している。

他、記事は以下の通りです。お読みになりたい方は、この機会にぜひご入会下さい。

●巻頭 インクルーシブ教育の原点を確認した意見書/高校を拓く 障害児の高校進学のこれまでと課題5/各地の就学相談会の報告 滋賀 就学時健診相談滋賀県の事例  /宮城 コロナ禍の就学相談会 /岡山 津山市教育支援委員会使用の資料「個人調査表」を提出させないの闘い報告 /「校問題の今」紙上交流(その6)宮城 教育委員会は答え られなかった 11・18 宮城県教委交渉報告/紙上交流を終わるにあたって/毎日新聞社説について/ コロナ禍でも(その7)「ニワトリさんゴメンなさい」/報告 全国連のミニ 学習会 コロナ禍の子どもたちの学び/●相談からコーナー 就学通知が来るまでは、できるだけ何もしない方が/各地の集会・相談案内 /事務局から /事務局カレンダー