障害児を普通学校へ全国連絡会会報 2017年1月351号巻頭文

「不登校対策法」がもたらすもの

東京都・会員  内田 良子

昨年(2016年) 12 月7日、通称「不登校対策法案」・「義務教育の段階における普通教育に相当する教育の機会の確保に関する法律案」が参議院で可決・成立しました。「フリースクール全国ネットワーク」と「多様な学び保障法を実現する会」が超党派議連に、学校外の学びを保障し財政支援が得られる法を求めて始まった立法の取り組みが、不登校対策法に帰結するという悪夢のような展開になりました。

2014年9月、安部首相が「東京シューレ」を唐突に訪問し、「今までこういう所があるのを知らなかった。力になりましょう」と代表の奥地圭子さんと握手をしました。安保法制反対の運動で市民が激しい抗議を展開している時期の訪問に、私たち「登校拒否と不登校を考える全国ネットワーク」のメンバーは違和感と不快感を抱きました。踵を接するように10月末、当時の文部科学大臣下村博文が川崎市にある公設民営の「フリースペース・えん」を視察しました。「えん」は不登校の子どもたちが近接各地から集まって来て、遊び・交流しながら元気を取戻しているスペースです。国の教育行政を手中におく二人の大臣の訪問は、何を意図していたのでしょうか。既に7月3日に発表されていた教育再生実行会議第5次提言「今後の学制等の在り方」において、「フリースクールなどの学校外の教育機会の公的な位置づけを検討すること」として明示されていました。教育の国家戦略にフリースクール運動がからめとられる一歩だったのです。

2015年1月末に「フリースクール等に関する検討会議」と「不登校に関する調査研究協力者会議」が文科省に設置されました。5月には「教育再生実行会議・第7次提言」で、「発達障害や不登校の子どもに対するフリースクールを含む多様な学びの機会の支援」が提言されます。

着々と布石が打たれる中で、9月2日合同議連総会で、通称「フリースクール法案」が提出されます。フリースクールへの財政支援を可能にするため、第4章で「個別学習計画」が入りました。学校教育法の「特別措置法」としての位置づけです。その概要は、不登校の子どもで学校に戻る見込みのない子どもは学校から籍を抜き、保護者が「個別学習計画」を作って教育委員会に届け、家庭で学習する。学習計画を終了したものには修了書が出るが、中学校は除籍されているため卒業証書は出ない、といった内容です。全国にいる4300人のフリースクール在籍の子どもたちには有効でも、家を居場所にしている12万人余の不登校の子どもたちが求めているものではありません。

子どもたちが不登校をする時は、教室でいじめを受けていたり、子どもの人格を傷つける懲罰的な指導を受けていたり、他の子が受けているのを見て傷ついたりする例が多くあります。また過酷な部活で心身ともに疲弊しているケースもあります。子どもたちがなぜ不登校をするのか? その原因・特に学校環境を改善することなく、被害者である子どもの救済を考えず、休みが長引いていたら学籍を抜いて家庭学習をするように誘導する法律の設計に、不登校の当事者や保護者・市民は不信と怒りを覚え「不登校とひきこもりを考える当事者と親の会ネットワーク」を作り、反対運動に立ち上がりました。この法案は保守・革新の各方面から反対の声が上がり、国会提出は見送られ継続審議となりました。

2016年2月になって通常国会が始まると、第4章「個別学習計画」がバッサリと削り落とされ「フリースクール法案」としての体裁を失い、フリースクールには一切の財政支援がなされない法案の仕立になりました。かわりに第3章「不登校児童等に対する教育機会の確保」が新たに書き加えられ、ここで初めて「不登校」という言葉が登場しました。第2条の定義では「児童生徒」と「不登校児童生徒」を区別して定義し、「学校における集団生活に関する心理的負担その他の事由のために就学困難である」と個人の問題として差別化しています

「不登校対策法案」に立法趣旨を変えた法案は、文科省の不登校対策の集大成になっています。文科省が長欠児童生徒の統計を取り始めて昨年で50年になります。初期には「学校ぎらい」と分類し、生まれながらに学校に行きにくい性格傾向があり、親の育て方に問題があると「文科省の手引書」にも書き、登校拒否・不登校への誤解と偏見を流布し社会の常識として定着させました。

80年代に入って登校拒否をする中学生の増加は著しく、専門家に調査・研究を依頼し「登校拒否・不登校は、どの子にも起こりうる学校問題である。」と認識を変えました。しかし、子どもがなぜ登校拒否をするのか、学校にある原因や理由を子どもに聞くことなく、早期学校復帰対策にシフトし、不登校の数減らしに一喜一憂する対策を続けました。

少子化が続いているのに、不登校の子どもの数は増え続けています。いじめを訴え、命を絶つ子は後を絶ちません。「学校を休みたい」と書き残して命を絶つ子どもがいます。全ての子どもが求めているのは、学校を安心して休む権利です。いかなる条件も付けられずに欠席でき、先生の指導法や教室の環境がインクルーシブなかたちに改善されることです。不登校特例校で学ぶことを求めてはいません。

法律では過度に営利的でなければ民間参入を認め、不登校ビジネスに市場が開放されます。不登校の子どものいる家庭が教育産業の草刈り場になります。親は学校に行かないわが子に悩み、せめてどこかで学んでほしいと願います。学校で傷ついた子どもは、教育の場から離れることを求めています。焦る親と子どもとの間で家庭内戦争が始まる可能性があります。「不登校対策法」が親子関係に新たな亀裂をもたらすことを危惧しています。

登校拒否・不登校を考える全国ネットワーク世話人
        子ども相談室「モモの部屋」主宰

他、記事は以下の通りです。お読みになりたい方は、この機会にぜひご入会下さい。

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